てとてと☆ファイブ

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ご支援ありがとうございました!

脚本、イラスト、親指担当の岡元です。

てとてと☆ファイブの仲間たち、そして、皆様と一緒に駆け抜けたクラウドファンディング「舞台の力で3、11をまごころ記念日にしたい」。本日を持ちまして無事、プロジェクト達成と相成りました。皆様から多大なご支援をいただき、温かい言葉に背中を押していただきました。本当にありがとうございました。

私と「風の電話ボックス」との出会いは、FBの宣伝広告で偶然流れてきた一本のドキュメンタリー番組が切っ掛けでした。ずっと、心の奥底に抱いていた罪悪感。東北に生まれて、東北にご縁があったのに何も出来なかったという罪悪感。日々の生活に追われ、僅かな募金をすることで精一杯だと。様々な言い訳を自分に言い聞かせ過ぎてゆく日々。

10年という区切りが自分を動かしてくれました。先ず始めに、小松と一緒に「風の電話ボックス」を舞台作品にしました。当初は、一人芝居ではなく、ミュージシャンたちによる群像劇でした。そして、コロナウィルスによる情勢不安の中、劇団仲間のあかいゆかり、あみちえ。そして、新たにかくばりゆきえと出会い、一人芝居版「風の電話ボックス」として生まれ変わりました。自分一人では、踏み出せなかった一歩です。一緒に歩んでくれた仲間達にも改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

東北にご縁があると書きましたが、とあるミュージカルの指導で向かった先が岩手県大船渡市でした。舞台俳優になるという夢を道半ばで諦めてしまった自分に、アシスタントとして手伝わないかと、先輩演出家の方が声を掛けてくださいました。私は、生まれ育った東北に恩返しが出来ると意気揚々と取り組みました。しかし、がむしゃらに頑張る出演者達と、指導側の大人の本気に圧倒されました。自分の技量もそうですし、何よりも覚悟が足りていなかった。公演は大成功でしたが、練習の度に厳しい言葉を投げかけられた私にとっては苦しい想い出で溢れてしまいました。全ては自分の至らなさ、覚悟のなさが招いたこと。しかし、ちっぽけな自分を守るためなのか、大船渡と心の距離が出来てしまいました。もう、この場所には帰れない。私が東日本大震災が起こった時に何も出来なかった背景には、この想い出が根底にあります。

だからこそ、もう一度、大船渡市を訪れたくて、大好きな場所でいたくて。今の自分に出来ることを探して探して・・・・。そんな気持ちで「風の電話ボックス」を舞台化しようと決意しました。

今回、このクラウドファンディングに挑戦するにあたり、自分の中の約束として、大船渡のミュージカル出演者にこのプロジェクトを伝えることでした。メッセージを書いては消してを繰り返して、最終日になってようやく一人の出演者に「いつの日か大船渡市でこの作品を一緒に創りたい」と、メッセージを届けることが出来ました。返信があるかどうかは、まだ分からないけれど、いつの日か大船渡市に帰り、現地の方々と一緒に作った「風の電話ボックス」を、現地の人に観て欲しい。そして、胸を張って「ただいま!」と言える自分でありたい。

私の中の、ほんの小さな一歩ですが、11年経ってようやく時計の針を動かす事が出来ました。これからも仲間と共に、「風の電話ボックス」という作品を全国に届けてゆきます。そして、「毎日がまごころ記念日」となるように発信してゆきます。このクラファンに際しまして、沢山の心ある応援を頂戴いたしました。改めて御礼申し上げます。

本当にありがとうございました!!!

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